小字の小話 第1話
葺合町の小字①
2024.10.28
現在はすっかり街になり,農地の見当たらない葺合地区ですが,ここでも明治期までは小字が使われていました.それでは,葺合地区の小字を見てみましょう.
『葺合懐古三千年史』に掲載されている「葺合村地誌取調書」には,こう記されています.
字番地は第一号より第二二九号迄を附す.第一号は本村の中央に位する旧中村と称する小部落より始め,これより北方五町余にて中尾村に至り,これより西へ二町にて熊内村へ,更に西南に接して生田村へ,それより南は小野新田なり.これより東八町を隔てて脇浜村に至る.
しかし,[2]では,「熊内村字馬淵より同郡脇浜村地先字小野浜海岸まで」という記述が見られます.そのため,明治 6 年から行われた地租改正により,小字が番号に置き換えられたと考えられます.神戸市内では,灘区の大石と東灘区の御影町東明も小字が番号となっています.全国的にみると,東京都の多摩地方で番号字がかなり多く見られるそうです.葺合地区の東側など,番号でない小字のところは,かつての筒井村の場所だと考えられます.このようなところからでも二つの村の境界を窺い知ることができます.
参考文献
- 太田敞三, 葺合懐古三千年史, 葺合戦災復興十年記念史刊行頒布の会, 1955.
- 神戸市, 生田川の付替えとフラワーロード, https://www.city.kobe.lg.jp/culture/modern_history/archive/history_05.html, 2024 年 10 月 27 日アクセス.